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道筋はずれた路地の角に、古い民家があった。玄関が開いていて、土間の奥のほうに紫色の古い端切れで作られた浴衣が、衣紋掛けに吊されていた。

「見させていただいてもいいですか」と声をかけると、その家の娘さんが、どうぞどうぞと手招きしてくれた。

娘さんの説明によると、布地はこの家に代々残された端切れを縫い合わせて作ったものだそうだ。そんな浴衣が四枚も吊されていた。

その反対側に神棚があり、横には先代の遺影が掛けられていたが、こちらも古い浴衣に負けないぐらいに黄色くなった肖像画のような写真だった。

普段なら見過ごしてしまうのだが、なぜか私の眼はそこで止まった。

老夫婦の穏やかな顔を見ていると、この二人も七百年続いているという伝統的な西馬内盆踊りを、展示されていた浴衣で何十年も踊ったことだろうと思った。

西馬内の盆踊りは編笠を目深にかぶり、踊り手の顔がまったく見えない。それだけに闇のなかで踊り続ける姿は妖艶に見えるが、まるで死者のようにも映った。

私は昼間、祭りが始まる前にこの通りを撮影したのだが、静かで、ただの田舎の商店街という感じで、祭り気分は伝わってこなかった。それでも日が沈みかける頃から人出も増え、まず子供たちが浴衣姿で「タカサッサ、タカサッサ」と、一人ひとりが大きな声で楽しそうに踊り始めた。

八時頃には特設やぐらの壇上から町衆の艶っぽい音頭が聞こえだした。

「お盆恋しやかがり火恋し、まして踊り子なお恋し」。それに三味線、太鼓の音が重なるように鳴り始めた。

夜が深くなり、いつの間にか子供たちは消え、街には人があふれ出し、気がつくと踊り手の列も数十メートル続いていた。通りの中央に焚かれた真っ赤なかがり火の薪が時おり崩れる音がしていたが、私にとってはこの大きな光が撮影のための唯一の助けでもあった。

踊る仕草の流れるような曲線の見事さ。ときどき袖口から見える手先の美しさに見惚れてしまった。

とくに女たちの顔が見えないだけに、白い肌のうなじにキラリと光る汗に艶があり、その後ろ姿に誘われるように、シャッターの回数が増えていた。

写真:秋田県羽後町/西馬内盆踊り
初出:「キヤノンサークル」2004年7月号