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祭りの夜の屋台で珍しいものを見た。四十歳くらいのお父さんが指先に和ばさみを器用に使い、次から次へと魔術師のように、つる、かめ、しか、ぞう、うさぎなどを手早く、しかもそっくりに創り上げていく。

ひとつのものが仕上がるのに、時間にして五分程度だろうか。親指と人差し指、それに中指。この三本の指先で見事な飴細工の究極美を見せるのである。

いま、そのときの飴でつくった白馬が、オフィスの整理棚の上に飾ってある。

透明なビニール袋のなかからこちらを静かに視つめている。

祭りの夜店というと、金魚すくい、お好み焼き、たこ焼き、風船売り、焼きトウモロコシ、たい焼きと、見慣れたものが多いが、飴細工のような昔懐かしい職人芸は珍しく、子供のころの気持ちに戻って、ついつい見とれてしまった。

こうしたスピードの時代に本物の手先の芸を見せられると、大人も見入ってしまう。

飴細工とは違うが、昔浅草で買った小枝にミニチュアのかぶ、ダルマ、サイコロ、タイ、大福帳などがたくさん吊されているお祝い物が、いまも捨てられずに二十年以上も部屋の隅に飾ってあるが、これも職人芸の見事な作品と言っていいだろう。

本物の職人芸とは、じつは人の眼の触れないところで、毎日毎日何年も何年も磨かれてこそ、最後に大きな花を咲かせることができるのだろう。

話は変わるが、たまたま先日の新聞に、歌舞伎俳優の市川新之助が海老蔵襲名のために、奈良の大峯山で横なぐりの雨に濡れながら、ケモノ道のようなところを登っている写真が紹介されていたが、大きくなる芸のためには心の修行も深めているということだ。

先代の大いなる存在に、つねに厳粛に挑戦し続けなければならない「さだめ」が、これから始まろうとしている。

それは日常の私たちにも、状況はそれぞれ違うが、あてはまることでもある。

写真:千葉県佐原/大祭の夜店
初出:「キヤノンサークル」2004年6月号