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第五回 知床の春

五月十二日、知床に来ている。

この季節になっても、ところどころに雪が残っている。ちょうど春が来たところだろう。この地に暮らす人たちにとって、一年のうち半年は雪の生活であり、私たちには解らない苦労が多いと思う。

それだけに雪のない六か月は、忙しく、しかも青々した草花を見られる季節でもあり、皆生き生きしている。

目の前のフキノトウが、黄色い花とともに生命の尊さを感じさせるように、一枚一枚の葉っぱも美しく、生き生き伸びようとしている。それにミズバショウも湖のまわりで白い葉に黄色い花をつけ、絵に描きたくなるような形をしている。

東京から離れ、身近にこうした草花の生きる美しさを見ると、私自身も自然界から静かな力をいただいているようで、私の心も清くなっていくようだ。

広大な風景のなかにも、ひとつひとつの生き物が、確実にまた新しい形を成し、そして再び生きようとしている。その姿はどこか、生まれたての赤子を見るような清潔感と、期待する思いでいっぱいになる。