ARTICLES

パラダイムの大変換・モダニズムからポストモダニズムへ

宮崎:70年頃から稲越と一緒に写真を始めたのですが、前身は僕も稲越もデザイナーでした。それぞれ、時代の捉らえ方は似ていましたが、表現となってくるとそれぞれ違ってきました。稲越の場合は、並々ならぬ彼の感性。彼の最期の作品である「芭蕉景」に至る、彼が本来持っている美意識と並々ならぬ感性が彼を支えていたと思います。最初は全く素直にストレート・フォトとして始まるのですけれども、それは、モダニズムの最期の時代だったということだと思います。

金子:ちょうどそれは60年代の末ですよね。そのストレート・フォトグラフィーというのは、それまでの写真とどのように違ったのでしょうか?

宮崎:それは、社会的な意味を加味するかしないか、という視点だと思います。例えば、モダニズムに於けるストレート・フォトグラフィーの最後に ロバート・フランクの"The Americans" は位置していると思いますが、そしてそれが頂点でしょうけれども、この写真を見ていると、アメリカの中の、一部の社会的病理に眼を向けてはいるけれども、それを告発しようという意識はない。極めてプライベートな視線です。この時期をもって、「モダニズムの終焉」と、そして、言ってみれば「ポストモダニズムが始まる時代」というわけですね。そういった時代背景の中、稲越功一の "Maybe, maybe" は、"The Americans" や "Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape" といった ストレート・フォトグラフィーからの大きな影響があったと思います。70年代にキャリアをスタートさせた我々の世代は、やはり"The Americans" の体験がとても大きかったと言えます。それによって今がある、みたいな。逆に言えば、今でもそれに支えられているのだなぁ、としみじみ思ったりもします。
そこで稲越の写真ですけれども、"Maybe, maybe"の写真では、とりわけ「どれ」というモノを撮っていない、「中心のなさ」。テーマもない極めて日常的な風景を撮っている。明確な被写体と向き合う、といったこともないですね。これは "Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape" の中の写真とも共通するものですね。

金子:そうですね。"Maybe, maybe" も意味を読み出そうとするとかえって解らなくなり、混乱してしまいますね。

宮崎:はい。「写真に意味がある」ということがなくなっていった、そういう時代だったのでしょうね。テレビの時代が始まって、フォト・ジャーナリズムが衰退してゆくわけですね。その中で写真の社会的役割が変わっていった、写真が社会的役割から解放されていった、ということが言えると思います。
ギリギリのところにロバート・フランクは居たのですけれども、"Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape"の彼らはフォト・ジャーナリズムがもはや衰退して、テーマ主義的な写真を撮る時代ではなくなった、ということですね。
その次にどうなってゆくかと言えば、写真が極めて私的なものになる。あるいは、写真そのものを探求してゆく。そういった転換となったのだと思います。ですから、写真の社会的役割から解放されて、"Maybe, maybe" は何を撮っても良いんですよ。

金子:えぇ。そうですね。

宮崎:そしてその次に、「どう撮ってもいい」になる。それが例えば、"Meet again"(稲越功一2作目の写真集) で言えば、テレビのブラウン管をひとつの風景として撮っても一向に構わない。どう撮っても、例えばアウト・フォーカスで撮っても良いんだよ、ということですね。実験的でもありますし、「意味性」から離れて単純に「写真そのもの」を表象するようになった、ということですね。

金子:それは、「写真とは何か」という問いかけから出てくるのでしょうか。

宮崎:そうでしょうね。稲越はいちいち考えながらやっていたのではないでしょうが、彼の感性がそういった時代を捉えながら追求していったのでしょうね。その中で、テレビのブラウン管をアウト・フォーカスで風景として撮り、次に「記憶都市」では風景をソフト・フォーカスで撮るようになりました。

金子:それはまたもうひとつの展開ですね。

目次

ロバート・フランクの"The Americans"
(FRANK, Robert) 1924年、スイス、チューリッヒ生まれ。1947年アメリカに移住。グッゲンハイム奨学金を得て1955年から56年、アメリカ各地約30州を車で移動しながら、ありのままのアメリカ及びアメリカ人、を写真に収める。
当時アメリカでは"LIFE"や"LOOK"など、いわゆるフォト・ジャーナリズムが全盛で、フランクの様な「私的な目線での表現写真」は画期的であり、後の写真界に決定的な影響を及ぼした。

"Contemporary Photographers. Toward a Social Landscape"
1966年12月、アメリカのジョージ・イーストマンハウスで開催された展覧会及びその図録。それまでの客観的な写真の視点から、主観的な写真を解釈する新しい時代の幕開けとなる。本展覧会の名前を由来とし、日本でも「コンポラ写真」が流行するきっかけとなった。



「meet again」より