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ゲストをお迎えし、稲越功一とトークしていただくこのページ。
第1回目のゲストは、「歌舞伎ソムリエ」として活躍中のおくだ健太郎さんです。
テレビや歌舞伎座のイヤホンガイドの解説で、おくださんの声に聞き覚えがある方も多いはず。おくださんと稲越功一との意外な接点とは……?

松尾芭蕉をめぐる旅と風景

稲越:さて、第1回目のゲストとしてお招きしたのは、歌舞伎ソムリエのおくだ健太郎さんです。
 今年、銀座・和光ホールで開いた写真展「芭蕉の風景」*1のときも、おくださんをトークショーのゲストとしてお招きしたんです。

おくだ:そうですね。私は写真に詳しいわけではないのですが、稲越さんの聞き手をしながら、会場内のお客さまの代表としてお話しさせていただきました。

稲越:展覧会の会場で、作品を見ながら、芭蕉の旅をなぞっていくような感じでね。現場での撮影についてお話ししたり。どうしてこういう写真を撮ったのか。そんなことをお話ししたり。

おくだ:現地で撮っていらっしゃるときに、稲越さんがどんな状況、心境だったのかということを聞かせていただきました。
そのときに印象的だったお話があります。
芭蕉の時代と、いまになっても変わらないことがあるとすれば、それは「空」だろうと稲越さんがおっしゃっていて。それで空をお撮りになった作品が多くなったと。
たしか、雨に濡れた車のフロントグラス越しに撮られた道の作品がありましたよね。とても印象に残っている1枚です。
撮影では、芭蕉なら芭蕉というターゲットがあって、現地に乗り込んでいかれるわけでしょう。その思いで現地に足をはこんで、稲越さんが写真を撮ると、きちんと芭蕉の世界になってしまうんだな……と思いました。
つまり、稲越さんのそのときその場の気持ちが、そのまま写真には出るものなんだなと思いました。

稲越:松尾芭蕉の「奥の細道」をテーマに取り上げた写真家は、高梨豊さん*2、土田ヒロミさん*3など、かなりいらっしゃるんです。皆さん、芭蕉の目で見ているんですよね。
だからぼくは違った視点で撮りたかったんです。ぼくが取り組もうとしたのは、松尾芭蕉のお供をした曽良の気持ちです。曽良の立場、気持ちをいつも念頭に置いて、撮影に取り組みました。
結果的には風景そのものを客観的に眺めることができたと思います。
曽良っていうのは自身も俳句を詠んだんですね。素晴らしい句をたくさん残しているんです。それでいて芭蕉に随行した、マネージャーのような存在でもあったんだと思います。

おくだ:稲越さんと齋藤さん(編者注:当時のマネージャー)みたいなものですね(笑)。表現する人のそばについて、いろいろとサポートする立場でもあったわけですね。

稲越:曽良はもともとお坊さんなんです。彼自身の俳句も、いいんです。でも芭蕉が見ていたものとは違う。曽良の視点をなぞることで、芭蕉の奥の細道をこれまでとは違う視点で描き出すことができたと思っているんですよ。
映画でいう主役と脇役の関係と同じで、曽良という名脇役がいなかったら、芭蕉の「奥の細道」は誕生していなかったかもしれないんですよね。
歌舞伎でもそうでしょう。たとえば歌舞伎俳優の中村吉右衛門さんがいくら素晴らしくても、主役を支えるほかの役者さん、
いろいろなスタッフ、裏方さんがしっかりしていないと、主役がそそり立ってこないんですよ。

おくだ:映画でいえば、監督と脚本のような関係にも似ていますよね。

稲越:そう。映画なら編集の大切さにも通じていますね。映画、それに写真集の編集もそうですが、撮ること以上に編集が重要なことがあるんです。
 編集の仕方、作品の並べ方によって、できあがった作品がまったく違うものになるんですよね。

目次

おくだ健太郎
1965年、名古屋市出身。早稲田大学卒業。学生時代から歌舞伎の虜になる。初心者にも分かりやすく楽しめる歌舞伎をモットーに、イヤホンガイド、自ら主催のトークサロン、NHK教育テレビ「歌舞伎入門」の解説などで活躍。その語り口の親しみやすさに魅せられるファンは多い。著書に「歌舞伎鑑賞ガイド」「中村吉右衛門の歌舞伎ワールド」(ともに小学館)がある。稲越功一の写真集「播磨屋一九九二〜二〇〇四 中村吉右衛門写真集」(求龍堂)でも解説を執筆。

*1:写真展「芭蕉の風景」
松尾芭蕉「奥の細道」をテーマにした稲越功一の写真展。2005年4月、和光ホール(東京・銀座)で開催された。

*2:高梨豊さん
写真家。1935年、東京生まれ。都市に視点を向けながら一作ごとに新たな作風を築き上げている。代表的な作品には、「東京人」「初國 pre-landscape」「地名論」がある。

*3:土田ヒロミさん
写真家。1939年、福井県生まれ。日本と日本人をテーマにした初期の代表作「俗神」ほか、「ヒロシマ」「砂を数える」などの作品がある。

*1
松尾芭蕉「奥の細道」をテーマにした稲越功一の写真展。2005年4月、和光ホール(東京・銀座)で開催された。