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本記事は、2007年3月3日、国立新美術館で開催された「黒川紀章キーワードライヴ」の模様を収録・編集したものです。黒川紀章氏はおよそ50年という建築家、建築都市設計の仕事のなかで、時代を読み解き構築する「共生の思想」「メタボリズム」「中間領域」といった数多くのキーワードを提案してきました。この日は、「共生の思想」をキーワードに、マリ・クリスチーヌ氏、稲越功一を交えて語り合っていただきました。

■パネラー
黒川紀章(建築家)
マリ・クリスティーヌ(異文化コミュニケーター、国連ハビタット親善大使)
稲越功一(写真家)

刻々と変化していく「都市の貌」

稲越:私は1960年代から、建築にはたいへん興味がありました。とくに黒川先生の作品には引きつけられていました。新橋のカプセルタワー(中銀カプセルタワービル)などは、完成するまで何度か見物に行ったほどです。
 黒川先生は著書のなかで「都市の共生」ということをおっしゃっていて、そのコンセプトをずっと実践されています。移り変わりが激しい世の中にあって、これだけひとつのことを貫いていらっしゃる姿勢には敬服しています。それはいわば、職人的ないちずさではないかと思うんです。

黒川:ありがとうございます。カプセルタワーはおよそ35年前の作品です。まだ若いころの未熟な作品なのですが、現在、現代建築の世界遺産の候補リストにも入れていただきました。私は設計者ですからあの建物を残したいなと思うのですが、あの建物をなんとか保存したいといって活動してくれる人がいるんです。取り壊しになるところだったのですが、保存する方向で運動が展開しています。

マリ:文化的な遺産というのは、私たちの財産ですから、残しておきたいと思いますよね。

稲越:建築に限らず、1964年の東京オリンピック以降、「表現」というものが飛躍的に進歩した時期だったと思うんです。演劇でいうと寺山修司の天井桟敷だったり、唐十郎の状況劇場だったり、個人というより集団のちからがありました。日本経済も高度成長に入るなど、人々が共同で力を合わせ、成長していった時期でしたね。
 そういう時代のなかにいて、じつは私自身は少々不安になっていました。当時は写真家ではなくアートディレクターをしていました。デザインの仕事です。でも私は、このままこの仕事を続けていても、せいぜいただの管理職で終わってしまいそうな気がしたんです。
ちょうど30歳前後でした。「もっと自分をさらけ出して勝負したい」という欲求に駆られ、写真にのめり込んでいきました。日本の経済成長、そして黒川先生をはじめとするさまざまな分野の表現者たちの活躍を見ているうちに、自分も大きな刺激を受けたのです。それが写真の道に進むきっかけになったと思います。

マリ:表現者が生み出したものに触発されて、また別のものを生み出していくのは「メタボリズム」*1なのでしょうね?

黒川:メタボリズムというのは地球環境問題、なかでもリサイクルについての考え方であるとご理解いただければいいかと思います。
 メタボリズムという言葉は1960年代に使いはじめ、やがて建築の思想運動になっていきました。メタボリズムというのは日本語だと「新陳代謝」というのがいちばん近いかな。当時、やろうとしていたのは、いまでいう「リサイクル」です。
 '60年代の建築は、つくっては捨て、つくっては捨ての繰り返しだった。これは地球環境を考えれば、おかしなことだと気がついたんですね。建物というのは不具合が出てきたところはその部分だけ修復して、できるだけ長く使えるほうがいい。そういうリサイクルの思想を世界ではじめて建築物で表現したのが、カプセルタワーだったのです。それでとても有名な建物になった。私が「リサイクル」という考え方を世界で初めて打ち出し、実際の建築物として提示したわけです。

マリ:私たちが住み慣れたこの東京という街も刻々と変化していきます。見慣れた風景も、変わっていきます。時代の変化とともに建物の使われ方も変わってきます。それもメタボリズムなのでしょうか。

黒川:おそらくそう考えていいと思います。先ほど稲越さんがおっしゃった「職人」ということに触れますと、職人というのは自分の手で仕事をしますね。手に伝わっている伝統とか、あるいは感性、ものをつくって、芸術文化の価値を生み出します。人間が創造したビジュアルな文化や芸術、稲越さんの写真なども同様ですが、1960年代はそういった職人的な芸術に人々が価値を見いだした時代だったのではないかと思います。
 高度経済成長の時期は、日本人が金儲けに走ろうとした時代でもありました。池田内閣が打ち出した所得倍増計画。日本が経済成長を遂げていく発端の時代ですからね。ほとんどの人がお金儲けのことばかり考えているなかで、一部の先鋭的な若者たちは、まったく別の価値観を見いだそうとしていました。そういう時代に私や稲越さんは、分野こそ違いますが同じ職人として、新たな価値を見いだそうとしていたんですね。稲越さんは写真家で、私は建築家だけれども、同じことに向かっていたわけです。

目次

*1 メタボリズム
metabolismとは「新陳代謝」の意。黒川紀章氏らが創設した1960年代の建築運動のこと。「建築や都市は新陳代謝を通じて成長する有機体であらねばならない」という理念を具体化していった。